肝臓は犬猫でも「沈黙の臓器」と言われています。
これは肝臓という臓器が予備能力(何らかの障害を受けた時に修復できる能力のこと)が高い臓器であるため、ある程度病期が進行しないと症状が現れないためです。
それらの肝臓の病気の中でも、近年の犬猫の長寿化に伴い多く見受けられるのが肝臓の腫瘍です。
今回のコラムでは肝臓がどのような臓器か、肝臓の検査にはどのようなものがあるか、犬の肝臓の腫瘍の種類や治療法などをご説明いたします。
最後に当院での犬の肝臓腫瘍の手術・治療実績をご紹介いたします。
肝臓とは?
肝臓は犬猫において腹部の最も頭側に位置する大きな臓器で、右・中央・左の3区画からなり、それらがさらに複数の葉に別れているような構造をしています(図1)。また、それらの葉間に胆嚢が包まれて存在しています。
図1. 肝臓の模式図(参考:ロイヤルカナン)
肝臓の主な役割は以下の3つになります。
1. 栄養素の代謝・貯蔵
胃や小腸で分解・吸収された栄養素を生体内で利用しやすい形に分解や合成することを「代謝」といいます。
それらを行い、その代謝された栄養素を貯蔵する役割も担っております。
2. 有害物質の解毒・分解
摂取したもの(薬物など)を代謝する過程で発生する有害物質を、毒性の低い物質に変えて胆汁や尿中に排泄する機能があります。
また腸内細菌によって食物中のタンパク質から生成されるアンモニアも生体にとっては有害ですが、これも肝臓で無毒化されて尿中に排泄される。
3. 胆汁の合成・分泌
胆汁は肝細胞で生成され、主に脂肪の乳化を行い吸収を手助けし、タンパク質の分解をしやすくする役割があります。
また、コレステロールの体外への排出を手助けしてくれます。
炎症や腫瘍などによって肝臓が障害されると、これらが働かなくなることによる食欲不振や元気消失、嘔吐下痢などの消化器症状、黄疸などの症状が現れてきます。
「肝臓」を検査する方法は?
上記した通り肝臓の役割は多岐に渡り、予備能力も備わっているため、なかなか症状が出てこない上に、症状の出方も多岐に渡るため、異常に気づきにくい臓器の一つです。
臨床兆候が出る頃には病期が進行していることが多いため、そうなる前に肝臓病の早期発見・早期治療を行うのが望ましいです。
そのためには以下の検査方法を用いて肝臓の異常を探しに行きます。
1. 血液検査
肝臓の状態を反映する血液検査項目には2種類あり、一つ目が肝臓・胆嚢自体で生成されていて、肝臓自体の障害の指標となる「肝酵素」です。
これらにはALT・ALP・GGT・ASTがあり、主にALTは肝細胞の障害、ALPは胆道系の障害を示唆するなど、大まかにどこの障害かの推測ができますが、ALPは内分泌疾患などでも上がることがあるなど、確定的ではないために以下の画像診断などと合わせて総合的に判断します。
もう一つは肝臓の障害が大きくなってくると、肝臓がうまく機能できずにあがってくる「肝機能」を表す血液検査項目です。
栄養素の代謝能低下によるタンパク質や血糖値の値、解毒機能低下によるアンモニアの値、胆道系の異常により上がってくるビリルビンなどが挙げられます。
2. 画像検査
肝臓の形態を直接見にいく検査法が画像診断であり、一般的に行われる方法はX線画像検査及び超音波検査になります。
X線画像検査では肝臓の大まかな形態的な情報を得るとともに、肝臓のサイズや周囲の臓器との位置関係などから腫瘍の有無などを推測できます(図2)。
図2. 上腹部のX線画像(肝臓周囲の臓器との位置関係)
超音波検査ではX線画像と異なり、細かく見ることに長けており、肝臓実質・血管・胆嚢内部などを探索することに長けています(図3)。
図3. 肝臓の超音波検査(左:胆嚢内部の精査、右:肝内門脈血管の精査)
病態によってはCTやMRIなどの高度画像診断を用いることもあり、X線画像及び超音波の両方のメリットを兼ね備えたような画像が撮れますが、麻酔が必要になります。
肝臓に腫瘍がある場合には切除手術の計画などを行うことが可能となります(図4)。
図4. 肝臓腫瘍の高度画像診断画像(左2つがCT画像、右端がMR T2W)
3. その他の検査
病態によっては確定診断のためには超音波ガイド下で行う針生検や、生検針(Tru-Cut)や腹腔鏡を用いた組織生検を行うことがありますが、いずれも生体への侵襲性(痛みなどの体に対する負担)が大きいために、行う場合はリスクベネフィットを慎重に判断します。
犬の肝臓腫瘍にはどんなものがある?
肝臓腫瘍自体の発生は全腫瘍のうちほんの数%にしか満たない稀な腫瘍になります。
全てではありませんが肝臓腫瘍の多くは進行がゆっくりで、無治療でも6〜12月ほどは臨床症状を呈さないものが多いですが、あまり大きくなりすぎると胃の圧迫による食欲低下、破裂に夜腹腔内出血・腹水貯留、胆汁の流れが阻害されることによる黄疸、肝臓の大部分が侵されることによる肝不全など、致命的になることもあります。
肝臓には肝臓由来、血管由来、胆管由来の細胞があるため、それら原発の腫瘍が見受けられ、また血流も豊富のため別の場所の腫瘍が転移してくることもあります。
肝臓にできる原発腫瘍(転移してきた腫瘍ではなく、その臓器からできた腫瘍のこと)のうち約70〜80%ほどが肝細胞由来の腫瘍になります。
これらには結節性過形成や肝細胞腺腫などの良性の腫瘍もあれば、肝細胞癌のような悪性腫瘍も含まれます。
図5. 肝細胞癌の組織像
肝細胞由来の腫瘍は手術で取り切れれば予後が良好なことが多いですが、新たな部位で再発する可能性があります。
肝細胞由来以外の腫瘍(胆管癌や血管肉腫などのそのほかの悪性腫瘍)は多くの場合、肝臓内部での転移や他の臓器への転移が起こりやすいため、一般的には予後が悪いことが多いです。
肝臓腫瘍の治療法は?
前述した通り、多くの肝臓原発性腫瘍は肝細胞由来の腫瘍のことが多く、治療法の第一選択は外科手術による摘出になります。
外科手術を行う際は、CT・MRIなどで腫瘍の位置や大きさ、周囲の血管の走行などを考慮して、手術を行えるかどうか、また行う場合は年齢や持病なども考慮してどのように実施するかの手術計画をたてることが一般的です。
肝細胞癌以外で血管肉腫や胆管癌などの悪性度が高い腫瘍の場合、外科手術後に抗がん剤治療を併用することもあります。
また、手術不適応と判断された肝臓腫瘍(多発性であったり、位置的に手術に大きなリスクを伴う場合)に対して、放射線治療による治療が選択される場合があります。
図6. 肝臓癌に対する放射線治療
ワンちゃんが非常に高齢である場合や、他に持病がある場合(心不全・腎不全など) には、寿命内に肝臓腫瘍がQOL(Quality Of Life:命の質のこと)に影響しないのであれば、手術を含む積極的な治療を推奨しないこともありますので主治医とご相談ください。
当院での症例紹介
では当院で実施いたしました肝臓手術の発見から手術までを行いました症例をご紹介いたします。
当症例は高齢のMix犬で、当院初診時に久しぶりの健康診断を実施して、血液検査にて肝酵素の値が高値を示していました。この時、特になんの健康上の異常はなかった。
そのため追加で画像検査を実施したところ、超音波検査にて外側左葉辺縁部にて以下のような腫瘤状病変が見受けられました。また偶発的に胆嚢粘液嚢腫も見受けられました。
図7. 肝臓の外側左葉に位置していた腫瘤状病変。大きさ縦2.7cm×横3.2cm×幅3.4cm。
高齢でしたが飼い主様が手術に前向きだったため、CT撮影を実施(図8)し、腫瘍の位置及び周囲の血管走行等を確認し、手術計画をたてました。
図8. 実際のCT画像。ピンク丸が腫瘍の位置
術式としては外側左葉の全摘出及び胆嚢摘出を行いました。以下が摘出した外側左葉(図9.)で中央付近の盛り上がった箇所が腫瘍の位置になります。
図9. 摘出した外側左葉(中央の盛り上がっている部分が腫瘍)
病理検査の結果、この腫瘍は「肝細胞癌」という結果であり、この症例は摘出後半年ほどたっても未だ再発は認められておらず、一般状態も良好です。
終わりに
「沈黙の臓器」である肝臓を蝕む腫瘍は、同じく長い間沈黙を貫くことが多く、症状が出にくいのが特徴です。
そのため症状がでるまで進行してしまった場合には手術や治療ができない、あるいは非常にリスクが高い治療になってしまうことがあります。
これを防ぐために、定期的な血液検査や画像検査をしてあげることで、沈黙を貫こうとしている肝臓の小さな声を聞いてあげて、病気の早期発見・早期治療をしてあげましょう。
当院でも血液検査は画像検査を常に行っておりますので、お気軽にお問合せください。
渋谷、恵比寿、代官山の動物病院(年中無休、年末年始も診察している動物病院)
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