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【脳炎】犬の脳炎(起源不明の髄膜脳脊髄炎)とは?〜獣医師が解説します〜

皆さんはわんちゃんに「脳炎」という病気があることをご存知ですか?

犬の脳炎は、てんかん発作や失明・足の麻痺やふらつきなど様々な神経症状の原因となります。

若齢犬でも発症する可能性があり、早期発見と治療が行われない場合、後遺症が残ってしまう可能性のある怖い病気です。

今回は、起源不明の髄膜脳脊髄炎 (Meningoencephalomyelitis of unknown origin: MUO)というタイプの脳炎について説明していきます。

脳炎とは?

犬の脳炎は比較的患者さんの数が多い神経疾患であると言われています。

ひとくくりに「脳炎」といっても、原因や炎症の出方でタイプ分けがなされています。

まずウイルスや寄生虫などによる「感染性の脳炎」か、明らかな感染が認められない「非感染性の脳炎」かに大別されます。

非感染性の脳炎(髄膜と脊髄といった脳の周辺も炎症が起こるため、正確には髄膜脳脊髄炎と言います)のうち、一部をまとめて起源不明の髄膜脳脊髄炎(MUO)と呼びます。

MUOの種類

 それでは、これからMUOについてさらに説明していきます。

MUOは大きく3タイプに分類されます。

  • 壊死性髄膜脳炎 (necrotizing meningoencephalitis: NME)
  • 壊死性白質脳炎 (necrotizing leukoencephalitis: NLE)
  • 肉芽腫性髄膜脳脊髄炎 (granulomatous meningoencephalomyelitis: GME)

それぞれ、かかりやすい犬種と症状の出やすい部分や炎症の出方に特徴があります。そのため、患者さんの情報や脳のMRI・脳脊髄液検査によってどのタイプのMUOにかかっている可能性が高いか判断することが可能です。しかしながら、脳炎の確定診断は病理検査(実際の脳組織を顕微鏡で見て確認する検査)が必要なため生前にMUOの確定診断を行うことはできません。

どこに炎症が起こるのか

MUOの3タイプそれぞれで炎症が出る部位と出方に特徴があります。

まず、NMEとNLEは日本語または英語の病名を見ていただくと、どちらも“壊死”とついておりGMEは“肉芽腫”となっている違いがあります。これは炎症の出方の違いを表しており、炎症が起こった神経組織が壊死してしまうか肉芽腫(しこりのような塊)となるかの違いがあります。(下でNLEの画像をご紹介しています。)

MRIで確認できる病変の部位を箇条書きにします。

  • NME: 大脳皮質
  • NLE: 白質(深部白質、視床) 
  • GME: 視覚経路や白質(小脳や脊髄も含む)

専門用語が出てくるため想像が難しいかと思いますが、これらの特徴からMUOのタイプを判断しています。治療の方針は大きく変わりませんが、MUOのタイプ分けを行うことで病気の進行の仕方などを予想することができます。

<図:正常な犬のMRI (MUOの病変が認められやすい解剖構造を示しています)>

どんな症状が出るのか

MUOの症状は、炎症が出た脳(および髄膜・脊髄)の部位により様々です。

MUOの全てのタイプでてんかん発作、運動失調や中枢性前庭徴候 (ふらつく・うまく歩けないなどの症状)が出る場合があります。

タイプごとの特徴の一部として、以下が挙げられます。

  • NME: 比較的てんかん発作が起こりやすい、性格の変化や意識状態の変化(ぼーっとする)などが出る場合もある
  • NLE: 視覚障害や麻痺・運動失調など、視覚や運動に関する症状が出やすい
  • GME: 病変の場所やタイプが様々のため、散瞳性失明(光に反応出来ない視覚障害)、首の痛みやふらつき・震えなど視神経や脊髄、小脳の異常の症状が出る場合もある

好発犬種

 MUOは小型犬での報告が多く、中・大型犬の罹患報告はまれです。

  • NME:パグ、マルチーズ、ポメラニアン、シーズー、チワワ
  • NLE:ヨークシャー・テリア、フレンチブルドッグ、チワワ
  • GME:トイプードル、ミニチュア・ダックスフンド、チワワ

などでの発症報告が多く認められています。

しかしながら、例えばポメラニアンがNME以外の脳炎にかからないというわけではありませんし、上記以外の犬種が脳炎に罹患することもあります。

発症しやすい年齢

 MUOは一般的に若齢(1-6歳)くらいでの発症が多いとされています。

発症した場合、早期の診断と治療開始が必要です。気になる症状がある時は若いからといって様子を見ずにお近くの動物病院をご受診ください。

MUOの治療

MUOの発症する原理はまだよく分かっていませんが、自分の体を自分の免疫が攻撃してしまう自己免疫疾患である可能性や、グルテンへの過敏性が原因の一つとなっているという説があります。

よって、MUOに対する治療はステロイドなどの免疫を抑える作用を持つ薬を使用した免疫抑制療法が基本とされています。治療で一定期間免疫を抑えることで、免疫の暴走により自分の脳を攻撃して炎症が起こるのを落ち着かせます。炎症が落ち着いたと判断したら、少しずつ時間をかけて免疫抑制の治療薬を減らしていきます。MUOの再発が見られなければ免疫抑制治療をストップできます。薬を減らしている途中や薬をやめた後にMUOが再発してしまった場合は、もう一度炎症がおさまるように免疫抑制治療を再開します(薬の効果が弱そうであれば免疫を抑える薬の種類を変えることもあります)。

NLEとNME(壊死性脳炎)は、炎症が続くと脳の炎症部位が脱落壊死してしまいます。一度無くなってしまった脳の細胞は再生されないため、治療で炎症が治まった後も脳の失われた部位の機能が戻らず後遺症が残ってしまう場合があります。そのため、MUOと診断された場合なるべく早い治療開始が必要です。

ただし、この病気は現在も研究途中であり、どの免疫抑制剤をどのくらいの量でどのくらいの期間使用したら良いかの統一見解(ガイドライン)は出ていません。

(そのため、一般的によく使う薬や量はありますが混乱を招く恐れもありますので具体的な治療方法の解説は省略させていただきます。)

本院の獣医師は、現在脳炎と闘っている患者さんとご家族に対してより良い治療が行うために日々学会参加や論文抄読による情報収集を行っています。

また、脳炎に使用可能な薬剤を複数保有しており患者様の状況に合わせた治療のご提案を実施しています。

症例紹介

当院で治療中の患者さんをご紹介します。

当院には目が見えない・時計回りにくるくる回ってしまうという症状が気になりご来院されました。

数か月前から何となく右目が見えない日があると感じ始めたそうです。2-3日前から症状が悪化し両目が見えなくなってしまったとのことです。それと同時に右にくるくる回ってしまう症状が増え、真っ直ぐ歩けず右に傾いていってしまうようになったそうです。

以前かかった病院では、目には問題がないので頭の疾患かもしれないと言われたそうです。

<図:患者さんの症状のイメージイラスト>

神経症状の疑いで当院をご受診いただいた患者様には、ほぼ必ず神経学的検査を実施させていただきます。神経学的検査は、徒手検査(手で触って患者さんの様子を確認する検査)が中心で体に負担をかけずにどんな神経の異常が出ているかを判断できる検査です。

神経学的検査の結果、右旋回(右にぐるぐる回ってしまう)症状と、両側の威嚇瞬き反応の消失(視力の消失)に加えて、右斜頸(右に首が傾いてしまう)と左前後肢の姿勢反応(足を動かす際の感覚と運動を確認する検査)に低下が認められました。

<図:実際に使用している神経学的検査表。患者様の症状に合わせて、表を埋める形で様々な項目の検査を実施します。>

検査の結果から右大脳を中心とした異常がある可能性が高いと判断しました。

(脳の病気の場合、右大脳の病変があると左足に異常が出ます。)

年齢や今までの経過も踏まえると脳炎の可能性が高いと考えられました。

しかしながら、神経学的検査の結果からは病変の場所は予想できても病気の種類は判断できません。病気の診断を行うためにMRIと脳脊髄液検査の実施をご提案しました。

外部の画像診断センターにてMRI検査と脳脊髄液検査を実施していただきました。

MRIでは、脳の視覚を司る場所(後頭葉)や意識や姿勢・バランスを司る場所(視床)に炎症病変が見つかりました。以前から(おそらく症状に気づいた半年以上前から)脳の炎症が続いていたため、脳の一部は壊死して脱落して(脳細胞が無くなって)います。

脳の炎症が起こっている場所は、脳組織のうち白質と呼ばれる部位がほとんどでした。

脳脊髄液は炎症の際に増加する細胞(白血球)が増加しており、明らかな感染所見は見つかりませんでした。

検査の結果、壊死性白質脳炎(NLE)というタイプの脳炎であろうと診断がつきました。

<図:患者様の実際のMRI画像
MRIは複数の画像を見比べながら異常がある箇所とどんな異常があるかを探していきます。画像上では、右の視床および左右の側脳室周囲の白質と呼ばれる部位に脳炎による異常が生じています。>

脳炎の診断がついたため、飼い主様と今後の治療の相談をいたしました。

症状が急に悪化してきており、ここ数日で脳炎が進行した可能性が高い事と数ヶ月前から脳炎が生じており脳組織の壊死により機能が失われてしまった部分がある事から、これ以上脳組織が壊死しないように即効性がある治療を早急に実施したほうが良いと考えました。

飼い主様も早期の治療開始をご希望されたため、即効性の見込める免疫抑制効果のある薬剤を組み合わせて治療を開始しました。ステロイド剤による免疫抑制治療開始と同時に入院にてスタラシド(シトシン・アラビノシド)の持続点滴治療を実施いたしました。

その後、お薬の副作用(肝臓が疲れてきたり、感染症にかかりやすくなったりする場合があります)や脳炎症状の再発に合わせてお薬の種類や量を変えたり、副作用に対する治療を行ったりしながら1年ほど飼い主様と一緒に治療をさせていただいています。

MUOは完治が難しく、長期間の免疫抑制治療が必要な病気です。症状が一度治っても再発することが多く、一生付き合っていく病気であると言えます。このブログを読んでいる方の中にも、大切なご家族がMUOと診断されご不安な飼い主様がおられるかもしれません。

私(このブログを執筆した獣医師)は、脳炎の治療はなるべく副作用を抑えながらも必要な際はしっかり免疫抑制治療を実施し、少しでも脳の炎症(=すなわち脳のダメージとなります)を減らしてあげることが重要であると考えています。必要な際にしっかり治療を行うためには、体調の良い時はなるべくお薬の量や種類を減らして患者さんと飼い主さんのQoLを高く保つお手伝いをする事も大切であると考えています。脳炎の起こった場所・出る症状は患者さんそれぞれであり、再発の症状を見逃さないように飼い主様と協力して治療にあたることを心がけているため、MUOはかかりつけ医と飼い主様も一緒に闘っていく病気だと考えています。患者様の異変に一番に気付けるのは一緒に暮らしている飼い主様ですので、些細な変化や不安も相談できる先生にかかられる事が一番だと考えます。

代官山周辺で脳炎などの神経疾患にお困りの患者様がおられましたら、ぜひ一度当院にご相談下さい。

担当獣医師

内科・脳神経科

浅田 (アサダ, Asada)獣医学博士

てんかんを中心とした神経疾患とその治療について研究をしました。現在大学病院でも助教として脳神経科の診療に携わっています。

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