肺高血圧とは・・・
心臓から肺に血液を送る肺動脈の血圧(肺動脈圧)が上昇する病態を示します。
どんな症状がでるの?
初期は、極端に疲れやすくなる運動不耐性や、元気や食欲が落ちるといった特徴のない症状のため、加齢のせいと見過ごされがちです。
一般的に段階が進むほど深刻な症状となり、咳をしたり、呼吸があらくなり息苦しい様子(頻呼吸や呼吸困難)が認められることがあります。また、舌や歯肉色が白っぽくなるチアノーゼを呈したり、お腹に腹水がたまったり、急に気を失う失神が認められることもあります。
原因は?
原因は多岐にわたります。ガイドライン上では6つに分類されています。
1:肺動脈性肺高血圧(特発性、先天性心疾患等)
2:左心疾患に伴う肺高血圧症(心筋症、房室弁疾患等)
3:肺疾患に伴う肺高血圧症(肺線維症、慢性閉塞性肺疾患等)
4:血栓塞栓症に伴う肺高血圧症(腸症・クッシング・腫瘍等)
5:寄生虫性疾患(フィラリア症等)
6:他因子、原因不明
いずれかの原因によって、肺を循環する血液量が増えたり、肺血管抵抗が高くなったり、肺静脈圧が高まることで、肺動脈圧が上昇するのです。
どうやって診断するの?
正確には、心臓カテーテルにより肺動脈圧を測定することが必要となります。確定診断には全身麻酔+カテーテル造影装置等の機器も必要なため、実際は、症状や超音波検査を用い非侵襲的に肺動脈圧を推定することで、臨床診断としています。
2020年に米国獣医内科学会(ACVIM)から設定されたガイドラインにそって、収縮期肺動脈圧が45㎜Hg<の際、肺高血圧症と診断されます。
そのため、呼吸様式に注意しながら、Xray検査、超音波検査、血液検査等を実施し、組み合わせ評価することで、診断していきます。
治療は…
一般的には、基礎疾患の治療となります。心臓病であれば心臓薬の強化、肺疾患であれば、肺治療の強化となりますが、それに加え、肺動脈圧を低下させ、症状の緩和を目的に、肺動脈拡張薬を使用することがあります。しかしながら、特効薬はないことから、長期的な予後は悪いことが知られています。
症例紹介
【症例】13歳7か月 不妊雌 トイプードル
【主訴】食欲が不安定でおやつメインで1度粘血便だった。軟便傾向
発咳が増えていて、最近2回ほど失神した
【検査】
身体検査:頻呼吸が認められましたが、性格的に緊張しやすい子のため、評価が難しく、舌色もやや淡いように観察されました。SpO₂(酸素飽和濃度)も装着できず、うまく測定できませんでした。
胸部Xray検査: VHS=11.1vと心拡大が認められ、肺血管の拡張も観察されました。
一部映っている腹部臓器のうち、肝臓の軽度な腫大も認められています。
心臓超音波検査:僧帽弁に粘液腫様変性という弁に厚みが出る変化が認められ、弁がきちんと閉じなくなっていました。それに伴い血液の逆流が生じ、左心系の拡大、左心房圧の上昇が認められました。右心房・右心室や肺動脈も、通常より大きく観察され、それぞれの弁で逆流が認められました。心室中隔が押されている様子は顕著ではありませんでしたが、それぞれの弁での逆流速は、肺動脈弁逆流が2.29m/s、三尖弁逆流速が4.63m/sでした。


血液検査:白血球・CPRの上昇(→後日慢性白血病によるものと診断)
【診断】以上の検査結果より、僧帽弁閉鎖不全症に伴う肺高血圧症と診断しました。
【治療】
原疾患である僧帽弁閉鎖不全症に対し、手術の提案もいたしましたが希望されず、内服による治療:強心薬・利尿薬(降圧薬は飼い主様の希望がなく処方見送り)を開始し、経過観察しました。2週間後も、三尖弁逆流速の変化が認められなかったため、開始薬の増量+肺血管拡張薬を追加することとしました。すると、1か月後には肺動脈の逆流も、三尖弁の逆流も測定が困難になるほど逆流量が低下し、発咳も減りました。現在も既存の内服量を微増しながら、経過観察しています。一般状態は良好で、生活の質を維持できています。
内服は、患部の治療ではなく、心臓の負担を軽減する目的のため、長期的治療効果は乏しいのが現実です。しかしながら、心臓薬の投与により症状が改善し、咳が減ったり、食欲が増したり、元気を取り戻してくれる可能性も十分にあります。事前に心臓の病態を把握することにより、症状がでるのを遅らせることもできると考えています。
高齢だから仕方ないと決め打つ前に1度心臓の検査をうけていただくことをお勧めいたします。
