「脾臓」という臓器の名前を聞いて、何を思い浮かべますでしょうか?身体の中にある臓器のなかでもあまり知られている臓器ではなく、何をしているかもご存じない方も多いかもしれません。それもそのはず、脾臓がもつ多くの役割は他の臓器でも担っていることが多いため、それぞれの役割を担っている別の臓器が先に上がりやすいのです。
ただ裏を返せば、脾臓に異常があってうまく機能していなくても、他の臓器で機能が代用できるために、脾臓の異常が大きくならない限り、症状に気付きにくい臓器になります。もしこの異常が腫瘍などで、何らかの拍子で出血などをおこしてしまうと、突然命に関わる状態になりかねません。
しかし前述した通り、脾臓の異常は血液検査等では発見しにくい臓器になるため、これらの異常を発見するためには、X線画像や超音波検査を用いた定期的な画像検査が重要となります。
ここでは前半で脾臓とはどのような臓器であるかを説明し、後半では当院での検査によって脾臓の異常を発見し、手術を行った症例のご紹介をさせていただきます。
「脾臓」という臓器
脾臓とは左頭側(イヌでいう前(鼻があるほう))の腹部に存在する臓器で、外からみるとちょうどワンちゃんの真ん中くらいに位置します(図1)。胃を裏打ちするように存在する平らで楕円形の臓器で、胃の大きさ(ご飯を食べているかどうか)やその他の臓器の位置やサイズ、ストレス下や感染などにより、脾臓が腫大(腫れること、特にワンちゃんで多い)していることなどもあり、位置やサイズはその子により異なります。
構造的には大きく脾頭部・脾体部・脾尾部の三つの部分に分けられ、この脾頭部の部分は胃と繋がっており位置は大きく変化しませんが、脾尾部は胃と繋がっていないために、位置がその子によって大きく異なり、その子によって画像検査を行う際に探索する場所が変わってくるのが特徴的です。
「脾臓」の役割
脾臓の主な役割は4つあり、以下の通りになります。
1)免疫機能
脾臓は免疫を担う臓器の中で最大の物であり、多数のリンパ系の組織(免疫子脳を担う組織)によって構成されており、免疫応答の重要な拠点となっています。
2)赤血球・血小板の貯蔵
脾臓は血液の貯蔵庫として働いており、急に出血が起こってしまった場合や、激しい運動などで筋肉に酸素が必要となった場合などに、脾臓に貯蔵されている血液が用いられます。
3)古くなった赤血球の処理
犬の赤血球の寿命は約4か月で、古くなったものや病気・感染で変形してしまった赤血球を脾臓で分解して、再利用可能なパーツ以外を分解します。
4)髄外造血
主に造血(血を造ること)は骨髄と呼ばれる一部の骨の中心を満たしている組織で造られていますが、この「髄」の「外」で血液を造ることを「髄外」造血といいます。
何らかの理由で骨髄がうまく造血できない場合や、骨髄での造血が追いつかない緊急事態の場合にこの髄外造血が脾臓でも行われます。
これらの脾臓の機能は前述した通り他の臓器でも担っていて、例をあげると免疫機能は全身のリンパ節も持っていますし、赤血球の処理や髄外造血は肝臓などでも行われています。その上、上記の機能((2)の貯蔵以外)は緊急時に役割を担うことが多いものになります。そのため、脾臓という臓器の特徴としては、無くても生命維持機能に大きな影響を与えない、というところにあります。
「脾臓」の検査
脾臓は血液検査で測定できる特定の酵素や蛋白質等が無いために、出血などを起こしていない限り血液検査で異常を検知するのは難しい臓器になります。そのため脾臓の検査というと画像検査が主な手法になります。
ここからは少し細かい話になりますが、画像検査とは獣医療領域ではX線画像(「レントゲン」と呼ばれることが多いです)、超音波画像、CT画像(「コンピュータ断層撮影法」の英略語で、簡単にいうとX線画像という平面上の画像を集めて3D化したものです)、MRI(磁力を用いて行う画像検査法です)が一般的でありますが、一次病院(いわゆる私たちのような町医者のこと)では安価で侵襲性の低い(身体に負荷がかかりにくい)前者2つのX線画像および超音波画像を使ったものが一般的になります。
X線画像とは放射線の一種であるX線を用いて、身体の中を白黒の「陰」のような形で描写する画像診断法であり、これでは脾臓は図2のように見えて、他の臓器と陰影がかぶるため、詳細を把握するのは困難な臓器です。ただ、X線画像を確認するメリットとしては、周囲の臓器と見比べた評価が可能であり、また腹水の有無や腫瘍の転移なども併せて確認できる点になります。
超音波検査とは音響の反射の度合いを用いて可視化する検査で、X線画像と違い狭い範囲を細かく内部まで描出するのに優れています。この超音波画像では図3のように描出でき、被膜面(外側の膜)の異常だけでなく、内部構造の描出も可能となります。
「脾臓」の治療
では脾臓に見つかった異常はどのように治療するのでしょうか。まず、画像で脾臓を描出する場合、図4のように見えることが多く、画像からのみでは確定診断(確実に何の病気かを診断する事)は困難で、時間経過による変化や他の臓器の評価も同時に行うことが多いですが、それを併せても確定診断には至りません。他の腹腔内にできたできもの同様、何らかの生検法を用いることも可能ですが、前述した通り血液が豊富に含まれている臓器ですので、針等を刺してしまうと大量出血するリスクがあります。
そのため確定診断を下し、かつ治療としてできる手法としては脾臓の摘出手術があげられます。摘出手術の術式自体は非常にシンプルなもので、簡単にご説明すると、脾臓は他の臓器とのつながりは血管が主であるため、それらを結紮(縛るあるいは焼灼(電気メスで焼くこと)によって血流を止めること)して取り出す、という術式になります。
脾臓は無くても生命維持機能に大きく影響を及ぼしません。そのため、悪性の腫瘍で疑われるなどの理由があり、麻酔をかける上で健康上に異常がない場合は脾臓摘出を行い、それを病理検査に出して腫瘤の種類が何かを特定することが、診断および治療が両方行える方法になります。特に脾臓にできる腫瘍の中には進行が早く、急に命に関わる病態に陥るものも含まれているために、早期発見・早期治療が重要となり、このためには定期的な画像検査を実施する、ということが大事となってきます。
当院での実際の症例
ここからは当院で実際に検査で早期発見を行い、手術を行った症例をご紹介させていただきます。
この症例も血液検査にて異常をしめさず、それまで既往症(いままでの病気・疾患・怪我など)もありませんでしたが、画像検査で病変が発見されました。画像検査の所見は以下のようでした。
図5のように高エコー源性(超音波画像上で白く見えること)の腫瘤状病変もあれば、
図6のように低エコー源性(超音波画像上で黒く見えること)の腫瘤状病変も見受けられました。
飼主様と協議の結果、心配なので脾臓切除を行い病理検査に提出したいとの結論にいたったため、脾臓摘出を実施いたしました。術式は前述した通りに実施致しました。摘出した脾臓では肉眼上は大きな異常はなく、病理検査を専門としている機関に送り診断を行いました。その結果、骨髄脂肪腫(転移することがない良性腫瘍)と結節性過形成(腫瘍ではない異常増殖)と診断されましたが、これらの非悪性腫瘍性増殖であっても、血液を貯留して大型かすることもあるのでそうなる前に、発見摘出できた症例になります。
終わりに
肝臓は役割が多いわりに、何らかの理由で状態がとても悪くならない限り症状の出ない「沈黙の臓器」などと言われますが、脾臓も同様、いうなればさらに「沈黙」を保つ時間が長く、突然貧血による症状を呈したりする臓器になります。
さらに血液検査で検知するのは難しいため、それだけでなく、定期的な画像検査を行ってあげることで、脾臓だけでなく、身体の中の臓器の異常の早期発見・早期治療につなげてあげましょう。
当院では血液検査に加えて、画像検査を含むような定期健診Dog Doc/Cat Docを実施しております。詳しいことは当院のHPや院内掲示、当院スタッフまでお問合せ下さい。
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