元気がない

【慢性腎臓病】猫の慢性腎臓病 A to Z ~ラプロスの有用性アップデート~

近年の獣医療の発展や飼育環境の変化などによって、猫ちゃんの平均寿命は伸びてきており、令和3年に行われた「全国犬猫飼育実績調査」では猫ちゃんの平均寿命は15.66歳、人間に換算すると80歳前後になるといわれています。

長生きしてくれるようになった半面、どうしても増えてきてしまうのが慢性消耗性疾患、つまり「長寿病」と称されることもある高齢にともなう病気のことです。

これらには腫瘍やホルモン性疾患なども含まれていますが、その中でも猫ちゃんに多く見られるものとしては「慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease、CKD)」といわれる病気になります。

この病気を「治す」のは難しいために、主な治療法としては進行を遅らせることがメインになり、これは点滴での脱水緩和や食事療法など様々な方法が取れますが、その中でも今回紹介させて頂くのは「ラプロス」というお薬を用いた方法になります。

今回のコラムでは腎臓病の概要をまずはご説明させていただき、このラプロスという薬の甲効能及びそれらの最新のアップデート情報を含め、改めてご紹介させていただきます。

腎臓の機能とは?

腎臓の機能は人もほぼ同様ですが、主に以下の3つになります。

1. 老廃物の排泄

 体で産生された老廃物、毒物や薬物の成分などを血液中から濾過して尿として排泄を行います。そのため、この機能が低下すると身体に毒素等が蓄積してしまい、食欲不振・嘔吐などの症状を呈する、尿毒症と呼ばれる状態になります。

2. ミネラル・水分量の調整

 塩分に含まれるナトリウムなどのミネラルのバランスを調整すると共に、体液のpHを整えたり、水分量をコントロールしたりしてくれます。わかりやすい例でいうと塩分をとりすぎるとむくみますが、時間が経つと治るのはこの機能のおかげとなります。またカルシウム吸収のために必要なビタミンDの調整も行なっております。

3. ホルモン産生

 造血のために必要なエリスロポイエチン、血圧を調整するためのレニンなどのホルモン産生を行っています。そのため慢性腎臓病が進行すると貧血を起こしてくる場合もありますが、これは人工的なエリスロポイエチン製剤を補充してあげれば改善する場合もあります。

腎臓病とはこれらの機能が何らかの原因で働かなくなることによって引き起こされる疾患のことで、これが急に発生した場合は急性腎臓病、緩徐に加齢と共に発生した場合は慢性腎臓病と言われます。

猫にはなぜ腎臓病が多い?

図1. ネフロンの基本構造

結論からいうと明確な理由は解明されていません。

一つの説は腎臓はネフロン(図1)と呼ばれる構造の集合体であり、上記の機能の多くはこのネフロンが担っています。左右腎臓合わせてこのネフロン数が人では約200万個、犬では約80万個ありますが、猫では約20万個と少なくなっております。

体重あたり相対的には少なくありませんが、絶対数として少ないことも原因の一つと考えられております。

上記の要素に加えて、猫の進化の過程で水分を蓄えるために少量の濃い尿を作るようになったことや、完全肉食動物であり雑食動物よりタンパク質などを多く摂ることなど、様々な要因が原因として考えられております。

近年ではウイルス感染や歯肉炎との関連性など、多くの仮説も出てきていますが、未だ確定的ではありません。

腎臓病の症状は?

腎機能が低下して来たときに見られる主な症状は以下のようになります。

・ 元気や毛ヅヤがなくなる

・ 食欲不振や嘔吐とそれに伴う体重減少

・ 特徴的な口臭

・ 水を飲む量及び尿量の増加

元気消失や食欲不振などは加齢と見分けがつきにくい場合もありますが、加齢と区別できて注意するべき症状は、自宅でも確認できるものは尿量・飲水量の増加です。

とはいえ尿量の測定は、特に緩徐に増加する場合はとても気づきにくく、猫砂に吸収されたりすることも多く、その場合は判断が困難になります。

この時に測定するのが飲水量になります。

尿量が増えている猫ちゃんはそれを補うために水を多量に飲み、発汗をほとんどしない猫ちゃんは飲水量から尿量をおおむね推定することが可能です。

猫ちゃんの1日の平均飲水量は体重1kgあたり約50mlと言われており、これを超えてくる場合は飲水量が多いと判断できます(ウェットフードを主食としている場合水分比率によりますが体重1kgあたり10~12mlとされています)。

慢性腎臓病とは?

慢性腎臓病は定義として「50%以上腎臓の働きが弱まり、その状態が3ヶ月以上続く非可逆的(元に戻らない)で進行性である疾患」とされており、高齢猫で最も多く見られ15歳以上の猫では8割以上が罹患しているとされています。

逆に急性腎臓病と呼ばれる病態は文字通り急に腎臓病を発症した状態のことで、感染や薬物/毒物(ユリ科植物)、尿路結石などで引き起こされることが多い疾患です。

急性腎臓病の場合は、慢性腎臓病と異なり、原因や症例によっては腎臓機能が元に戻るケースもあります。

定期的に検査を行なっている猫ちゃんでは血液検査の値の変動などから急性・慢性腎臓病の区別がつきやすいですが、体調が悪くなって初めて病院にくる場合が多い猫ちゃんでは、厳密にこれらを判別するのはとても困難です。

ただ、急性腎臓病の場合は腎臓機能の回復が見込まれる可能性があるために、これらの判別をしなければなりません。

そのため定期的に血液検査・画像検査等を実施してモニターしてあげれば、いざ腎臓病になったときの判断基準となるために、定期的な健康診断が重要となります。

慢性腎臓病の診断法は?

慢性腎臓病の診断には以下の腎臓機能検査の6つを用います。これらは当院でも健康診断の中に含まれていることが多く、継続的にモニターする事が可能となります。

1. BUN(血液尿素窒素)

  タンパク質が代謝される過程の不要物であるアンモニアが肝臓で分解・無毒化されたもので、腎臓から尿中に排泄されます。

そのため血液中のBUN上昇は腎機能が75%ほど失われると上がってきますが、高タンパクな食餌、肝臓機能の低下などによっても上昇することがあるので注意が必要です。

2. Cre(クレアチニン)

 腎臓から排出される筋肉運動の際に利用されるアミノ酸の代謝産物です。

本来は腎臓から体外に排泄されなくてはいけないため、血液中のCreが高い=腎機能が低下となり、腎機能が大体75%以上失われると上がってくると言われています。

3. SDMA(対称性ジメチルアルギニン)

 最近新たに発見され、腎臓機能の約45%ほどが失われると上がってくるため、初期腎臓病のマーカーとして用いられております。

子猫では元々やや高めに出るために注意が必要ですが、今現在ではIRISガイドライン(後述)においてもステージング分類に使用されています。

4.  尿比重

 水と比較したときの尿の濃さのことを尿比重といいます。

腎臓の機能の中には尿の中の水分量を調整して、体の水分量の調整を行なっていますが、この機能が落ちてくると、尿を濃縮できずに薄い尿を多量にすることがあります。

これは腎機能低下だけでなく、クッシング症候群などのホルモン性の病気の一部でも見受けられる事があります。

5. UPC(尿中タンパク・クレアチニン比)

 尿中に出てくるタンパク質とクレアチニンの比を測定する事で、産生された尿中あたりどれくらいタンパク質が含まれているか、を測定する項目になります。

猫の場合正常でも少しタンパクが検出されることもありますが、高すぎる場合は腎機能の異常と捉えられます。

6. 画像検査(X線画像・超音波検査)

 上記の1〜5では腎機能低下は検出できますが、もし機能低下が何かしらの原因疾患によって引き起こされている場合、それらの検出はできません。

そのためX線画像や超音波画像を用いて、器質的に腎機能の低下に繋がる病気がないかを探索する事が可能になります(例:腎結石、腎臓腫瘍など)。

上記のようにこれらの腎機能検査は他の病気や生活因子によって影響を受けます。そのため単一で腎機能を評価するのではなく、これら複数の検査を組み合わせて評価する事が重要となります(図2)。

図2:CKDの診断(日本獣医泌尿器学会)

IRISガイドラインとは?

図3.IRISガイドラインに基づくCKDのステージ分類

IRISガイドラインとはInternational Renal Interest Societyと呼ばれる団体が、まずは慢性腎臓病の疑いがあるかどうか、また病期が今どこまで進行しており、どのような治療が適応であるのかというガイドラインを作成しており、この分類法のことを団体名の頭文字をとって「IRIS」ガイドラインと言われております。

この分類法は図3に記載されている通り、クレアチニンと2019年の最新版ではSDMAの2つにもとづいて4つのステージに分けられており、さらにUPCおよび血圧を用いたサブステージに分けられております。

これらのステージングに用いる検査は体調が悪い急性期の値ではなく、ある程度体調が落ち着いた時の値を指標にしており、時間を開けて何度か検査したものが推奨されております。

慢性腎臓病の治療法とは?

上記のIRISガイドラインに応じた治療は以下の図4の通りになります。

前記した通り、腎臓機能の低下は多くの場合で戻ることはありません。

そのためこの慢性腎臓病を定期的な検査で早期発見し、病気の進行を防ぎながら生活の質をあげる事が治療の目的となります。

図4. IRISガイドラインにおけるステージ分類別の治療法

このとおり治療法は複数ありますが、上から順に効果があるというわけではなく、その子の症状や生活スタイルに併せてこれらを組み合わせながら治療法を策定します。

以下に主な治療法を軽くご紹介させていただきます。

1. 食事療法

 以下の治療法のなかで最も効果的な治療法の1つになります。ステージが進むに連れてその効果は大きく、ステージ2〜3の症例において平均寿命が2倍以上になったとの報告もあります(Platinga et al. 2005)。

腎臓病食の特徴としては低タンパク・リン・ナトリウムに調整することで腎臓にかかる負荷を減らす、身体のなかの酸塩基平衡を整える、などがあげられます。

ただ、問題点としては各フードメーカーの企業努力により嗜好性があがってはいるものの、やはり上記した特徴によってどうしても味気なくなってしまい、食いつきが悪い事があげられます。

ですが、様々な商品が様々なメーカーから発売されているため、色々ためしつつ猫ちゃんに合うものを探してあげつつ、ウェットタイプもありますのでそれらの中から猫ちゃんにあったものを模索していきます。

2. 症状に対する治療

 腎臓病では老廃物が濾過できないことによる嘔吐や食欲不振、高血圧、タンパク尿、貧血など様々な症状を呈します。

これらは腎臓病に続発する二次的な症状で、これらに対応するために、お薬やサプリ等を症状に合わせて用いて、猫ちゃんの不快感をとってあげます。

腎臓病自体の治療ではありませんが、元気に過ごせる時間を出来る限り増やしてあげれる手段になります。

3. 脱水の改善

 腎臓病の猫では尿を濃縮する能力が落ちるため、薄い尿を多量にする事が多く、また食欲・飲水欲の低下も起こすため、脱水状態に陥ることが多いです。

脱水状態に陥ると腎臓病が進行してしまうだけでなく、老廃物が溜まりやすくなり、さらに食欲・飲水欲が低下するなど悪循環に陥ってしまうことがあります。

図5. 皮下点滴の様子

これを改善してあげるためには、水のみ場を増やしてあげて水を飲みやすい環境づくりをする、新鮮な水を供給してあげる、ウェットフードにしてあげるなど、飲水周りの環境整備をしてあげることが重要よなります。

それでも追いつかない場合は、皮下点滴を自宅や動物病院で行ってあげて補ってあげることも重要となります(図5)。

これらを組み合わせて猫ちゃんやそのご家族に合わせた治療を行うことが多いです。

さらに上記に加えて、腎臓病の進行を抑えるお薬として2017年に発表された、ラプロスというお薬があります。これに関して効能のアップデートが発表されたので、このお薬の有効性や新しく発表された臨床結果などを以下にまとめさせて頂きます。

「ラプロス」とは?

「ラプロス」とは2017年に東レ株式会社さんから発売されたお薬で、当時ニュースで取り上げられるなど話題になったお薬になります。

発売当初はデータの偏りなどもあり、効能に懐疑的な意見も見受けられましたが、発売から6年経った2023年に新たに論文が発表され、長期的にみた時の有効性などが新たに分かったため、それらを踏まえて、ご説明させていただきます。

1.ラプロスの作用

 ラプロスの有効成分はベラプロストナトリウムというもので、これが「血流を維持して血管を守る作用」および「慢性的な炎症を抑える作用」を有しております。

CKDは腎臓の慢性的な炎症によってもともとの組織が機能しないものに置き換わっていく(線維化する)ことで進行していきます。また血流豊富な腎組織は線維化していく事でさらに血管が機能しなくなりさらに腎臓病が悪化していく悪循環に陥ります。

これらに対して、血管を保護しそれらを拡げることによって血流を維持しながら、炎症を引き起こす成分も抑えてくれるのがこのラプロスという薬の効果になります。

つまりラプロスは腎臓病の治療ではなく、進行を遅らせる薬です。

2.ラプロスの有効性

 発売当初のデータではIRISステージ2および3の猫ちゃんにおいて半年間のあいだ腎臓の数値が悪化せず、活動性や食欲が維持されたという結果が得られていました。

この結果は半年間という短いものだったために長期的な作用や予後が不明瞭でした。

これをふまえて2023年に新たに発表された研究結果では最長で44ヵ月追ったデータもあり、長期的な効果も見えてきました。

この新たな研究結果では全てがIRIS Stage 3症例でしたが、ラプロスを飲んでいた群は飲んでいない群より、CKDが増悪しない期間も平均生存期間も伸びたことが報告されました(図6参照)。

図6. 左:CKDが増悪しない期間、右:生存期間(青線:ラプロス投薬群、赤線:コントロール群、縦軸:%、横軸:期間)

赤線と比較すると青線の方が生存期間、増悪するまでの期間がともに長いことがわかります。

3.ラプロスの課題

 上記の研究結果によりラプロスの有効性がより明確になりましたが、いまだIRISガイドラインの治療法に記載がされていません。これは発表が昨年で、最後のIRISガイドラインアップデートが2019年だったことが原因と考えられます。

ラプロス投与の問題点となるのが、投与回数になります。この薬は1日2回投与であるため投薬が困難な子や、食欲がなくて薬を飲めなかったりする子への投薬がご家族や猫本人に取ってストレスになることがあげられます。左図のように小さい錠剤ではありますが、投薬が大変な子に取っては大きなハードルにはなります。

まとめると、ラプロスはIRISステージ2および3の猫ちゃんにおいては腎臓病の進行を長期的に抑えることができる薬である、ということになります。

まとめ

猫ちゃんの慢性腎臓病(CKD)は多くの子が患うことが多く、長生きであればあるほど罹患する確率が高い疾患になります。

ゆっくりと進行することも多く、いわゆる「老衰」の一種だと考えられています。

そのため、最後の時間を一緒にゆっくりと過ごしていくなかで、その間いかに幸せに過ごせていけるか、このコラムがその手助けになれば幸いです。

当院ではラプロスの処方も皮下点滴の練習も行っておりますので、ご気軽にお問い合わせ、ご相談ください。

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